診療のご案内ワクチン・予防接種

犬・ワクチン種類の選択をどうするか?

公開日:2013年11月30日
最終更新日:2023年3月19日

当院では、図1で示すように5種混合ワクチン『ノビバック DHPPi』と7種混合ワクチン『ノビバック DHPPi+L』の接種が可能です。では、どちらのワクチンを選択すればよいでしょうか?

図1.DHPPi(5種)/ DHPPi+L(7種)のワクチンで予防できる病気

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レプトスピラ症予防の必要性により5種か7種かを選択します

レプトスピラとは?

レプトスピラは人獣共通伝染病の細菌(スピロヘータ―)で、人や犬以外にも多くの哺乳類に感染します。ドブネズミなどが保菌し、その尿中に排泄されることで、保菌動物の尿で汚染された土壌から口、皮膚を介して人や犬に感染します。このレプトスピラの種類は多く、250型以上の血清型が知られています1)

人のレプトスピラ症 ~犬は人の主要な感染源ではないです~

人のレプトスピラ症は、急性熱性疾患であり、感冒様(風邪の様な)症状のみで軽快する軽症型から、黄疸、腎機能障害、出血傾向などの重症型の症状を示すなどさまざまです。国内では、2021年に34例、過去10年間で中央値32例(範囲:16~74例)の発生件数が報告されています2)。世界的な流行地域は、熱帯・亜熱帯地方であり、国内では約半数が沖縄県で発生しており、主にレプトスピラに汚染された河川での遊泳などのレジャー活動に関連した発生が報告されています1,3)。国内での集団発生の多くは、このように汚染した河川での暴露が原因であり、2022年8月に福岡県において、増水し濁った河川で遊泳していた5人の感染例が報告されています4)

2番目に発生が多いのは東京都です。東京都は人口が多いため、沖縄県などのレジャー活動で感染する人数が多くなるとは思いますが、実際に東京都内での感染例も近年報告が増えているようです。これは保菌したネズミとの直接的な接触が関連しており、世界的に見ても、ネズミの増加しやすい都市部やスラム街で近年増加しています1,3,5-8)。一方で、犬が人への感染源になることはきわめてまれであると考えられています。国内の報告では、犬との接触が原因と疑ったケースは全体の約1%(3/251例)に過ぎず、いずれも犬からの感染を証明できていません3)。また、海外でも、レプトスピラの犬と濃厚に接触した集団(スイス91人、アメリカ118人)であっても、感染者は出なかったと報告されています9,10)。以上から、流行地域においては、動物の保菌や感染尿を介した環境汚染が、間接的に人への感染リスクを高める可能性はありますが11)、少なくとも国内においては人に対して犬が直接的にレプトスピラの感染源になる可能性は低いと思われます。

当院の飼い主様がお住まいの神奈川県では、2021年まで過去10年間の人の届け出数は、国内で3番目に多い17件です2)。このうち実際に神奈川県内で感染したケースは少ないようで、2007年~2016年の10年間では当県で感染したと推定されたケースは3件とされています2)。感染源の公表されているケースは、いずれもネズミとの接触(清掃作業、市場関連)が原因と考えられており12,13)、神奈川県にお住いの方は、ネズミとの接触に最も注意すべきかもしれません。

犬のレプトスピラ症

犬でもレプトスピラの発生状況は地域により異なります。犬のレプトスピラ病と診断した場合、7つの血清型に関しては家畜伝染病予防法の届出伝染病に指定されており、農水省はこの届出を基に毎月発生数を発表しています(監視伝染病の発生状況 別ウィンドウで表示 )。過去10年(2013年1月~2022年12月)のデータについて当院でまとめたのが図2です。レプトスピラは、西日本および太平洋側に発生が多く、関東でも南関東を中心に発生数が多いことが分かります。一方、甲信越・東北地方ではほとんど発生していません。

図2.国内における犬レプトスピラの発生状況(あすなろ動物病院2023年作成)

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神奈川県では年間0~3件の届出数があり、2012年以降では、2014年1件(平塚市)、2019年1件(相模原市)、2020年2件(いずれも川崎市)、2021年1件(逗子市)、2022年3件(藤沢市、横浜市、鎌倉市)です(図3)。もちろん、診断がつかずに死亡しているケースや、届出義務がある血清型(これを「真症」といいます)以外のレプトスピラ病(「ヘブドマディス」)を「疑症」としてカウントされていないケースもあるため、実際の発生数はもっと多いことが予想されます。神奈川県県央家畜保健衛生所に確認したところ、2012年以降では、「真症」として届出された8件以外にも、「疑症」としての届出が4件あることが判明しました(図3)。なお、行政によると血清型が不明なレプトスピラは従来「疑症」として届出する決まりとなっていましたが、獣医師が「真症」として届出されているケースも多く存在したことから、2020年以降は、届出義務がある血清型だけでなく血清型が不明なレプトスピラも全て一律に「真症」としてカウントしているそうです。このことが、2020年以降に神奈川県内のレプトスピラの届出数が増えている理由の1つかもしれません。

図3.神奈川県内の犬におけるレプトスピラの発生状況(2012-2022)(あすなろ動物病院2023年作成)

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このように散発的に神奈川県内で発生しているものの、動物病院が県内だけで1000施設以上あることを考えると、神奈川県内では遭遇する機会は比較的少ない病気と言えます。犬に感染した場合も多くは無症状ですが14)、重症化すると血清型により特徴が異なり、黄疸、出血、腎障害など多様な症状を示し、この場合死亡率は高く国内では53.2%と報告されています15, 16)。犬におけるレプトスピラの届出数は、全体の3/4が9月~12月に集中していることから2)(図4)、夏から秋にかけては特に注意が必要でしょう。

図4.犬のレプトスピラの月別届出数(2013-2022)(あすなろ動物病院2023年作成)

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犬のレプトスピラワクチンの注意点 ~過剰な期待はしない方が良い~

レプトスピラを予防するのであれば、どの血清型に対して効果を期待するのか飼主の方は把握しておく必要があります。先に述べたようにレプトスピラには多くの種類(血清型)が存在しますので、流行している(感染を予防したい)血清型とワクチンの血清型が一致していなければワクチンの効果は期待できません。2017年に大阪府内で発生した犬レプトスピラ症集団発生事例では、11例が感染し9例が死亡しましたが、死亡した犬のうち6例はレプトスピラワクチンを接種していました17, 18)。犬では、地域によりどの血清型が流行しているかの情報は多くありませんが、2004年~2010年の神奈川県行政の調査では感染例はいずれも「カニコーラ」でした19)。また、2019年の相模原市での発生例は「イクテロヘモラジー」であったと報告されています20)。『ノビバック DHPPi+L』で防御できる血清型はこの2種類ですので、この地域内であればこのワクチンでレプトスピラを予防できる可能性は高いと考えます。他県で実施された調査では、「カニコーラ」は少なく、「ヘブドマディス」、「オーストラリス」、「オータムナリズ」が多数を占めたとの報告もあります11)。これらの情報は十分ではないため、今後の調査状況を見守っていく必要はありそうですが、遠方(神奈川県外)への旅行で、アウトドア(特に、川遊びなど河川に行く)を楽しんだり、ドッグランなど多くの動物が集まる場所で遊ばせる場合には、市販されているワクチン製剤ではレプトスピラを予防できない可能性があります。当院では、『ノビバック DHPPi+L』に含まれていないレプトスピラの血清型を含んだ単独のワクチンも常備していますので、獣医師にご相談ください。ただし、全ての血清型に対応したワクチンはない存在しないため(図5)、レプトスピラワクチンに対して、過剰に期待しない方がよいでしょう。

図5.国内で入手できるレプトスピラワクチン(2023年3月現在、あすなろ動物病院調べ)

犬のレプトスピラ症のワクチン

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ワクチン接種は副作用を生じる可能性は少ないですがあります。この地域(愛甲郡、厚木市、伊勢原市)ではレプトスピラの発生報告がなく、レプトスピラの予防には毎年ワクチン接種が必要となる(すなわち、接種回数が増え、確率的に副作用が生じる可能性は高まる)事を合わせて考えると、当院ではこの地域(愛甲郡、厚木市、伊勢原市)においてレプトスピラ病に対するワクチン接種の必要性は高くないと考えています。ただし、旅行などで流行地域へ移動される場合には必要性が高まりますので、飼主の方の生活スタイルに合わせた選択をしてください。ご不明な点がございましたら、お気軽にご相談ください。

参考文献

  1. 小泉信夫. レプトスピラ症の最新の知見. モダンメディア. 52 (10): 299-306 (2006)
  2. 国立感染症研究所. 感染症発生動向調査 週報(IDWR)https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html 別ウィンドウで表示
  3. 国立感染症研究所. <特集>レプトスピラ症 2007年1月~2016年4月. IASR. 37 (6), (2016)
  4. 国立感染症研究所. 福岡県におけるレプトスピラ症患者の群発事例について. IASR. 44: 30-31, 2023.
  5. Koizumi N et al. Human leptospirosis cases and the prevalence of rats harbouring Leptospira interrogans in urban areas of Tokyo, Japan. J Med Microbiol. 58: 1227-30 (2009) PMID: 19528143 別ウィンドウで表示
  6. Kang YM et al. Leptospirosis infection in a homeless patient in December in Tokyo: a case report. J Med Case Rep. 9: 198 (2015) PMID: 26373626 別ウィンドウで表示
  7. Mutoh Y et al. Leptospirosis Cases in the Tokyo Metropolitan Area, Japan. Jpn J Infect Dis. 70: 669-671 (2017) PMID: 28890513 別ウィンドウで表示
  8. Felzemburgh RD et al. Prospective study of leptospirosis transmission in an urban slum community: role of poor environment in repeated exposures to the Leptospira agent. PLoS Negl Trop Dis. 8: e2927 (2014) PMID: 24875389 別ウィンドウで表示
  9. Barmettler R et al. Assessment of exposure to Leptospira serovars in veterinary staff and dog owners in contact with infected dogs. J Am Vet Med Assoc. 238: 183-8 (2011) PMID: 21235371 別ウィンドウで表示
  10. Guagliardo SAJ et al. Despite high-risk exposures, no evidence of zoonotic transmission during a canine outbreak of leptospirosis. Zoonoses Public Health. 66: 223-231 (2019) PMID: 30618076 別ウィンドウで表示
  11. Benitez ADN et al. Spatial and Simultaneous Seroprevalence of Anti-Leptospira Antibodies in Owners and Their Domiciled Dogs in a Major City of Southern Brazil. Front Vet Sci. 7: 580400 (2021) PMID: 33490126 別ウィンドウで表示
  12. 厚生労働省/国立感染症研究所. レプトスピラ症(2003年11月5日~2005年4月7日現在). IDWR (2005)
  13. 国立感染症研究所. 市場関連のレプトスピラ症について―川崎市. IASR. 37: 107-109, 2016.
  14. 片岡靖. 人畜共通感染症(ズーノーシス)―犬猫における細菌性ズーノーシス-. 日本臨床微生物学雑誌. 24 (2): 93-98 (2014)
  15. Koizumi N et al. Multiple-locus variable-number tandem repeat analysis and clinical characterization of Leptospira interrogans canine isolates. J Med Microbiol. 64: 288-294 (2015) PMID: 25596122 別ウィンドウで表示
  16. Koizumi N et al. Molecular and serological investigation of Leptospira and leptospirosis in dogs in Japan. J Med Microbiol. 62: 630-6 (2013) PMID: 23264455 別ウィンドウで表示
  17. 佐伯潤ら. 大阪府内で発生した犬レプトスピラ症集団発生事例. 日獣会誌. 72: 167-171, 2019.
  18. Saeki J et al. Canine Leptospirosis Outbreak in Japan. Front Vet Sci. 8: 763859 (2021) PMID: 34957279 別ウィンドウで表示
  19. 石岡慎也ら. 神奈川県動物保護センター管内における飼育動物を対象とした動物由来感染症疫学調査. 平成 23 年度日本獣医公衆衛生学会(関東・東京). 2011.
  20. 瀬川和仁ら. 神奈川県相模原市中心市街地で認められたLeptospira icterohaemorrhagiae感染症の犬の一例. 関東・東京合同地区獣医師大会・三学会. 84 2012.

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